こんにちは。

「 PTAのくじ引き問題 」による、
日本文化の一考察。
   
       ( 内容は適宜修正します )





【 要約 】


PTAのくじ引き問題 (強制活動)
  ↓
社会構造の問題 (Mura社会)
  ↓
精神構造の問題 (一体意識、互酬意識、序列意識など)
  ↓
言語構造の問題 (終助詞「ね」、恩恵表現、敬語など)




「 日本の文化 」
= 「 Mura社会 」&「 二重規範 」




「 和の精神 」 ( 和 = total = 全体 )
= 「 全体の精神 」
= 「 全体主義 」 ( totalitarianism )









       主に、
       2ちゃんねるでの発言をまとめたもの。


       自己紹介は
       Google+のところにあります。



         ・目次
           「 2009年 07月 」

         ・リンク
           「 下線部分 」

         ・自動翻訳
           「 excite 翻訳 」
             ( 大体の意味がつかめる )

         ・文字のサイズ
           「 M サイズ 」
           (「 L(大)」だとレイアウトが崩れる。)






# by tanuko-satoyama | 2010-04-27 14:03  

「 お餅理論 」 ( 主客融合理論 ) 

社会モデルの3分類



(1) 日本モデル 
      ( 前近代モデル )      = 「 Mura社会 」 

   = 「 お餅 」 (個人が癒着

   = 「 Mura 」 = 「 和(全体) 」
   = 「共依存」社会 (共助)
   = 全体主義的社会
   = 民族主義的(部族主義的)社会
   = 村落共同体社会 (村-社会)

   = 「心を一つに・みんな一緒」社会
        &「相互監視・相互規制・相互拘束」社会

   = 「義理人情」社会 (親分・子分の関係)
       & 「互酬」社会 (持ちつ持たれつ、お互い様)
        & 「序列」社会 (長幼の序、年功序列、前例踏襲) 

   = ピラミッド型社会 (ネズミ講&奴隷制&SM?)





 
(2) 米英モデル 
      ( 近代モデル その1 )    = 「 小さな政府 」

   = 「 お米 」 (個人がバラバラ

   = 「自立と競争」社会 (自助)
   = 全体主義と個人主義の中間的社会
   = 資本主義的(帝国主義的)社会
   = 工業化・産業化社会 (成長社会)
 
   = 「何でも自由に」
         & 「結果的に何でも管理」社会?

   = 「小さな政府」 (低福祉・低負担)

   = ピラミッド型とフラット型、両方あるとか?
          



 

(3) 北欧モデル 
      ( 近代モデル その2 )       = 「 大きな政府 」

   = 「 チャーハン 」 (個人が自立して協力

   = 「自立と共生」社会 (公助)
   = 個人主義的社会
   = 民主主義的社会
   = 環境化・福祉化社会 (成熟社会、持続可能社会)

   = 「ミニマムを守ってあとは自由に」
           & 「一人ひとりを大切に」社会
 
   = 「大きな政府」 (高福祉・高負担)

   = 民主化されたフラット型社会
 



 ( 追記 )

(4) ベーシックインカムモデル
       ( 近代モデル その3、未来モデル )

     経済成長を前提としない社会システム。
     より完成された「チャーハン」。
     「小さな政府」になるらしい。

     ネット社会が進み、村社会とは別の意味で、
     「『相互監視 & ノンバーバル』社会」になるのかな。(?)







日本の特殊性 ( 日本の文化 )



日本の社会

 ・ 「 お餅社会 」( 前近代社会 )  

 ・ 「 二重規範社会 」
    「 実体 」 = 「 お餅社会 」 ( 前近代社会 )
    「 タテマエ 」 = 「 チャーハン社会 」 ( 近代社会 )



   
日本語

 ・ 「 お餅言語 」( 前近代言語 )

 ・ 「 二重定義言語 」 
    「 実体 」 = 「 お餅言語の定義 」 ( 前近代的な定義 )
    「 タテマエ 」 = 「 チャーハン言語の定義 」 ( 近代的な定義 )




日本の教育

 ・ 「 お餅教育 」
   = 大衆教育 ( 初等中等教育、PTAなど )

 ・ 「 二重規範教育 」
   = エリート教育 ( アカデミズムなど )




日本の政治

 ・ 「 お餅政治 」  
   = 公金でネズミ講を回している
   = Mura単位のばらまき。
    



日本人の精神

 ・ 「 お餅精神 」
    = 「 心を一つにする精神 」
    = 「 和の精神



  ( たとえば… )

  ・ 「 ミニマムとオプショナルの区別 」がない。

  ・ 「 パブリックとプライベートの区別 」がない。

  ・ 「 ノンフィクションとフィクションの区別 」がない。

  ・ 「 主体と客体の区別 」がない。



   すべてが溶けて、一つになっている。











日本のパラダイム転換



お餅精神 」 → 「 チャーハン精神

    
「 和の精神 (Muraの尊重) 」 → 「 個人の尊重 」

「 精神的な鎖国 」 → 「 精神的な開国 」  

                         = 「 Muraの解散 」              
                          ( Muraの意識化 ) 


前近代 」 → 「 近代


            










お餅 と チャーハン



お餅 」 ⇔ 「 チャーハン 」 
      
「 共依存 」 ⇔ 「 自立と共生 」

「 全体主義 」 ⇔ 「 個人主義 」

「 権威主義 」 ⇔ 「 民主主義 」

「 互酬社会 」 ⇔ 「 契約社会 」

「 Muraの尊重 」 ⇔ 「 個人の尊重 」
( 和の精神 )


「 Mura単位 」 ⇔ 「 個人単位 」
                       
「 ピラミッド型 」 ⇔ 「 フラット型 」
( ネズミ講 & 奴隷制 & SM? )


「 感覚的・情緒的 」 ⇔ 「 論理的・理性的 」
( 一体感 )

「 宗教的 」 ⇔ 「 科学的 」
( アニミズム )


( 主体と客体 )
「 融合 」 ⇔ 「 分離 」


( 同調圧力 )
「 高い 」 ⇔ 「 低い 」
  
( Wikipedia 「 同調現象 」参照 )




「 closed society 」 ⇔ 「 open society 」

( Wikipedia "Open society" 参照 )

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:37 | お餅理論 (主体と客体の融合)  

「 お餅理論 」の補足 ( 1 )



言葉の定義 & 解説



・ 「 共依存
      … 「 自他 」の区別がない。
      … 「 主体と客体 」の区別がない。
             ( 主体と客体の融合 )
・ 「 自立
      … 「 自他 」の区別がある。
      … 「 主体と客体 」の区別がある。
             ( 主体と客体の分離 )


・ 「 全体主義
      … 個人より全体を優先する主義。 
・ 「 個人主義
     … 全体より個人を優先する主義。 




・ 「 前近代法 」 ( 村の掟
    … 全体(お餅)を守るためのルール。
          ・ 基本理念 = Muraの尊重 ( 和の精神 )

・ 「 近代法
    … 個人(お米の粒)を守るためのルール。
          ・ 基本理念 = 個人の尊重


 

・ 「 二重規範
    … 社会の規範が二つあること。
      ( ダブルスタンダード )

・ 「 二重定義
    … 言葉の意味が二つあること。
      ( ダブルミーニング )



・ 「 パラダイム転換
    … その時代や分野において
      当然のことと考えられていた認識(パラダイム)が
      革命的、「非連続」的に、変化すること。





・ 「 お餅社会 」 ( 前近代的社会 )
   … 共依存的な人間関係から成り立つ社会

  ・ 共依存的な人間関係を表す言葉

    ・ プラスのイメージ
      絆、 人の和、 お互い様、 持ちつ持たれつ、
      心を一つに、 融合、 団結、    …など。

    ・ マイナスのイメージ
      しがらみ、 なれあい、 もたれ合い、
      癒着、 根回し、 コネ、 談合、 なぁなぁまぁまぁ、
      つるむ、 取り込む、 取り入る、
      囲い込む、 絡め捕る、 徒党を組む、   …など。







・ 「 お餅言語 」 ( 前近代的言語 )

 日本語は、
 敬語や恩恵表現(あげる、くれる、もらう)が発達していたり、
 主語を省略したり、言いさしの表現が多かったり、
 役割によって表現が変化したり、 …など、
 お餅的(共依存的)性質が非常にたくさんある。


 たとえば…。

 ・ 日本語は、
   「 give 」という意味の言葉を二つに分けている。 
         (1)あげる
                 「自分」→「他の人」
         (2)くれる  
                 「他の人」→「自分」


   「 give 」を二つに分けているのは
   世界の言語の中で
   日本語と、アフリカのマサイ族の言語だけである。
   ( 『 認知言語学論考 No.4 』 P.15 )



  ・ 男言葉と女言葉の使い分けがあるのも日本語だけ。


   ※ 「 日本語の特殊性 」についてのもっと詳しい話は
      こちら → 「 エビデンスとしての日本語







・ 「 Mura社会 」 ( 村、群ら )

 ・ 「 Mura 」という言葉について


  ・ 「 Mura 」
    = 「 一体的・内閉的な場所や空間のこと 」
     

    = 「 主体と客体が融合している感覚共同体 」
    = 「 共依存している感覚共同体 」
    = 「 心が一つになっている感覚共同体 」
    = 「 closed society 」

    ≒ 「 『透明性&公共性』を保障できない場所や空間 」
  
    ≒ 「 第三者には中の様子がわからない場所や空間 」




  ・ 「 Muraの真善美(理想) 」
    = 「 心が一つになる感じ 」
    = 「 周囲や仲間との一体感 」
    = 「 主体と客体が融合する感じ 」
    = 「 共依存感 」
    = 「 和 」



  ・ 「 Muraの目的 」
    = 「 『一体感 』を維持すること 」
      ( そのため、暴走したり漂流したりする )



  ・ 心が一つになっているMuraは
   一個の有機体(生命体)のような感じ。



  ・ Muraの中に、
   心を一つにできない異分子が入ってくると
   全力で抑圧・排除しようとする。 (防衛本能)
                  → 日本的ないじめ



  ・ 原始宗教 っぽい。 ( アニミズムシャーマニズム


  ・ 関連ワード
     クオリア、 空気、 雰囲気、 情緒、
     オーラ、 スピリチュアル、 オカルト、
     以心伝心、 阿吽の呼吸、 不立文字、
     察しの文化、 気配り、 遠慮 …などなど。








・ 「 お餅精神 」 ( 和の精神 )                   

   「 社会構造 」や「 言語構造 」、
   「 精神構造 」(自我構造)は
   密接な関係があるような気がする。

   日本人は、
   人間関係だけではなくて、
   客体すべてに対して
   「 一体化 」(お餅)志向が強い。

      ・ 「 主客一体 」
      ・ 「 主客一如 」
      ・ 「 自然との融合 」 など。





   また…。

   客体を対象化する場合でも、
   「 個人単位 」ではなくて
   「 Mura単位 」(お餅単位)で認識している気がする。

   男単位、女単位、とか、
   PTA単位、地域単位とか、
   クラス単位、学校単位とか。

   あと…、
    「 日本人単位 」や「 人間単位 」のようなMura単位もある。

   「 日本人だから、みんな同じ。 」とか
   「 人間だから、みんな同じ。 」とか。



   たとえば…、
   「 ジェンダーフリー 」の人なんかも
   「 男も女も同じ人間なんだから、みんな同じ。」
   と言っているような…。 (?)


   「 男らしい 」とか「 女らしい 」とか「 みんな同じ 」というよりも、
   「 その人らしい 」ことのほうが大事じゃないだろうか…。

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:35 | お餅理論 (主体と客体の融合)  

「 お餅理論 」の補足 ( 2 )


( つづき )


・ 「 お餅教育


日本の学校は
心を一つにする教育(お餅教育)をしている。
       ( =Hidden Curriculum



学校の先生は忙しい、
だから保護者もお手伝いしなければならない、
という話をよく聞く。


でも…、学校の先生って、
お餅教育で忙しいのではないだろうか。

たとえば、行事とか部活とか生活指導など。


・ 「 お餅教育 」 = 「 学校 」
・ 「 主な学科教育 」 = 「 家庭・塾・ボランティアなど 」


・ 「 教育のミニマム 」(義務教育) = 「 お餅教育 」
  = 「 お餅精神(和の精神)を涵養すること。 」
  


運動会とか、合唱コンクールとか、
感動してみんなが泣くような卒業式とか。

こういった行事は日本独特な行事らしい。


ちなみに、
PTAの批判をしていたツレは
中学の卒業式に出席したあと、しばらく寝込んでいた。 
(子どもは感動してたけど)

圧倒的な一体感を目の当たりにして
ツレは強烈な違和感と疎外感を感じたのかも。 


・ 「 Muraの感動 」 = 「 宗教的法悦っぽい(?) 」



で…。

・ 「 PTA 」 = 「 保護者のお餅教育 」


PTAのくじ引き問題 」 については
別のカテゴリで詳しく取り上げています。





  


・ 「 二重規範教育


エリートっぽい人は、
「 二重規範 」をうまく使いこなせる人が多い。


アカデミズムの世界などを見ても、
欧米の概念を日本風にアレンジする(読み替える)のが上手な人は
とても出世するような気がする。

2ちゃんねるでも、
法曹界っぽい人が
「 人権 (生まれつきの権利) 」 = 「 共依存権 (お餅化権) 」
という解釈をしていた。



それから、
初等中等教育でも
「 社会科 」の授業で教わることはタテマエっぽい。




・ 「 二重規範教育 」
  = 「 『二重規範運用能力』 を身につける教育 」


・ 「 二重規範運用能力 」
  = 「 近代的な概念をタテマエとして運用する能力 」
     ( 人権、法治国家、民主主義など )




つまり、
日本のエリートの人たちが二重規範を上手に運用してお餅社会を守ってきた、
と言えるのかも。 

           = 「 精神的な鎖国

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:34 | お餅理論 (主体と客体の融合)  

「 お餅理論 」の補足 ( 3 )

( つづき )


・ 「 日本のパラダイム転換


「 Mura社会 」( お餅社会 )は
前近代的な規範&定義で動いている。

しかし、
近年はグローバル化などの影響で、
前近代的な規範と近代的な規範、
両方の規範が混在している。

そのため、
日本の社会がとても混乱している。



チャーハンを志向するもの

「個性の尊重」、 「多様な価値観」、
「ゆとり教育」、 「学校選択制」、 「説明責任」、
「コンプライアンス」、 「インフォームド・コンセント」、など。
         PTAで言うと、「任意加入の徹底」。



お餅を志向するもの

「道徳教育」、 「心の教育」、
「学校支援地域本部」、 「コミュニティスクール」、
「正しい日本語」、 「美しい国」、 「明治の人は偉かった」、など。
         PTAで言うと、「学級PTAの充実」。




そして…。

右肩下がりの時代に
Mura社会を無理に続けると
「弱者」や「将来世代」にツケが回る。
 
・ Mura社会 = 「 ネズミ講&奴隷制 」




不登校、 ひきこもり、 ニート、
うつ、 いじめ、 ワープア、 失業、 自殺、
少子化、 財政難、 談合、 偽装、 隠ぺい、 …。


いろいろな社会問題が深刻になっていくのは
Mura社会が壊れかかっているからではないだろうか。

・ 「 ネズミ講&奴隷制 」の破たん。

 

 



それから…。


日本のアカデミズム(人文社会科学系)では
「 日本と欧米は同じ近代社会 」ということを前提にしている。

なので…、
日本の特殊性を指摘すると
「 俗流 」というレッテルを張って、無視することが多い。
                       ( 日本人論





一方…、
国家の品格」や「クオリア立国論」という本がある。

こちらはたぶん
「 お餅のままでいるべきだ。 」と主張している。






お餅に対するスタンス


(1) 日本はお餅社会である。 
  でも、このままでいい。        藤原さん茂木さん

(2) 日本はお餅社会である。 
   改革したほうがいい。        ← もれ

(3) 日本はお餅社会ではない。
  お米&チャーハン社会である。   ← 日本のアカデミズム 

(4) 態度保留。

(5)「 関心がない。 」 or 「 関わりたくない。 」



                           


で…、結論としては


日本は一度 解散 せざるをえない。
             ( お餅チャーハン
                

 
方法としては、

「お餅(Mura)」を意識化すること。 (=対象化)


  → 「 精神構造 」「 言語構造 」「 社会構造 」の転換へ。


 
          



・ 「 精神構造の転換 」について。


 ・「 お餅精神 」→ 「 チャーハン精神 」
  ( 和の精神 )
  
 ・ 「 お餅教育 」 → 「 チャーハン教育 」


 ・ 「チャーハン教育
      = 「 人権(個人の尊重)教育 」
      = 「 法令遵守(コンプライアンス)教育 」     
      = 「 『個人の自立』(主体と客体の分離)教育 」
      = 「 民主化教育 」
      = 「 リベラルな教育改革 」
      = 「 規範意識(パラダイム)の転換 」

      = 「 精神的な開国

      ≒ (簡単に言うと)「 ルールを守ること 」


      





               
・ 「 言語構造の転換 」について。


 個人的には
 「 恩恵表現 」がとても苦手。

 てか、
 「 互酬表現 」と言うほうがいいかな?

  「-てあげる」 (-てさしあげる)
  「-てくれる」 (-てくださる)
  「-てもらう」 (-ていただく)  など。



 なれ合っている感じとか、
 「慇懃無礼」という感じとか。

 恩に着せるような感じとか、
 媚を売るような感じとか。

 息苦しいような感じとか、
 疎外するような感じとか。


 お餅化表現なんだから
 当たり前なんだけどね。

 自分も使ってるし。 ( ^^;)

 



 他のお餅化表現としては、
 「敬語」と「女言葉」が苦手。



 「 敬語 」は、
 上下関係(序列)の中に組み込まれる感じ。



 「 女言葉 」は、
 女性としての「役割や身分」の中に組み込まれる感じ。
          
                     = 「 女Mura 」 (?)





 ・ 「 お餅化表現 」 = 「 公共性がない 」

   お仲間に対する配慮はあるけど
   第三者に対する配慮は、ない。


   少なくとも、
   率直な議論をする場所では
   ふさわしくない感じがする。


 



 それから、
 「二重定義」の意識化も大事。







・ 「 社会構造の転換 」について。


 公共事業型社会保障 とか、
 景気浮揚型社会保障とか、
 イベント型社会保障とか。

 日本の社会は
 公金で互酬経済(ネズミ講)を回しているように見える。
 

    ( 互酬経済について )

     経済の形態には
     「互酬経済」と「貨幣経済」があるらしい。

     「 互酬経済 」
       = 「 貨幣経済になる前の経済のこと 」
       = 「 『持ちつ持たれつ』や『お互い様』で回る経済 」

     参考までに。
     「 なぜ理不尽な規則が生き残るのか 」という 記事





 本当に必要な所に、
 もっと直接的にお金を使ったほうがいい。

 「Mura単位」のばらまきを減らして
 「個人単位」の社会保障を充実させるような感じ。



 たとえば、
 PTA活動の中には必要不可欠な仕事もある。

 運動会の時の駐輪・駐車の世話係や、
 プールの監視員など。


 こういう仕事は
 非常勤の職員を雇うほうがいい。
 (本来は学校の仕事)

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:32 | お餅理論 (主体と客体の融合)  

「 お餅理論 」の補足 ( 4 )



二重定義



・「二重定義」になる言葉  

  
日常よく使われる言葉

 社会、 自立、 人権、 個人主義、 民主主義、 …

 共生、 連帯、 連携、 参加、 協力、 …

 社会性、 協調性、 主体性、 人間性、 公共性、 …

 思いやりの心、 共感する心、 寛容な心、 やわらかい心 、…

 甘え、 わがまま、 エゴ、 ジコチュー、 モンスターペアレント、 …

 地域、 コミュニティ、 グローバリズム、 …

 絆、 和、 ありのまま、 平等、 学力、 大人(観)、 …

 心と心のふれあい、 人と人のつながり、 …

 交流、 ネットワーク、 …

 話し合い、 対話、 コミュニケーション、 会議、 議論、 組織、 …

 自国の文化を知る、 みんな、 人それぞれ 、…

 感動、 理想、 心の豊かさ、 思い、 良心、 …

 罪、 罰、 恥の意識、 けじめ、 …




わりと専門的な言葉

 コンプライアンス、 ノーマライゼーション、 アイデンティティ、

 暗黙知、 真善美、 博愛 (フラテルニテ)、

 公教育、 公益、 公僕、 公安、 公序良俗、

 協働、 参画、 相対化、 再分配、

 社会的包摂 (ソーシャルインクルージョン)、

 成熟社会、 生涯学習、 地方分権 …









・ 「 良心 」という言葉


「 思想信条の自由 」って、
本当は「 思想・良心の自由 」が正しい表記らしい。

でも、
「 良心 」という言葉になんか違和感がある。



→ 「 良心 」(ウィクショナリー)、 「 良心 」(ウィキペディア)



・ 前近代的な意味 … 「 心を一つにしようとする心 」
              = 「 お餅化しようとする心 」

・ 近代的な意味 … 「 一人ひとりを大切にしようとする心 」
               = 「 チャーハン化しようとする心 」  (?)









・「 トマトとメロン 」

                  
「 相田みつを 」って好きだったんだけど…。
       ( 『 育てたように子は育つ 』という とか )


「 Mura単位 」で見るか、「 個人単位 」で見るかによって
解釈が正反対になるのかもしれない。



みんなほんもの

トマトがねえ  トマトのままでいれば  ほんものなんだよ
トマトをメロンにみせようとするから  にせものになるんだよ
みんなそれぞれに  ほんものなのに
骨を折って  にせものになりたがる


    
・ 前近代的な意味
        「 トマト 」 = 「 日本 」
        「 メロン 」 = 「 欧米 」

・ 近代的な意味
        「 トマト 」 = 「 (たとえば) 自分 」
        「 メロン 」 = 「 (たとえば) PTAに熱心な人 」

                           








・ いろいろな二重定義


社会

・ 前近代的な意味 … 「 SEKEN のこと 」
               ( SEKEN = Mura社会 = お餅 )

・ 近代的な意味 … 「 societyのこと 」
              ( society = チャーハン )






主体性

・ 前近代的な意味 … 「 進んで共依存する性質 」

・ 近代的な意味 … 「 自立する性質 」 
             ( 自己選択・自己決定・自己責任 )






自国の文化を知る

・ 前近代的な意味 … 「 自国の文化と一体化する 」

・ 近代的な意味 … 「 自国の文化を対象化する 」






人それぞれ

・ 前近代的な意味 … 「 Muraそれぞれのこと 」

・ 近代的な意味 … 「 個人それぞれのこと 」






ありのまま 」 ( 本来の姿、 自然な姿 )

・ 前近代的な意味 … 「 Muraであること 」
                ( お餅であること )

・ 近代的な意味 … 「 個人であること 」
                ( お米の粒であること )








・ 前近代的な意味 … 「 和を乱すこと 」
                ( 全体を尊重しない罪 )

・ 近代的な意味 … 「 個人をないがしろにすること 」
                 ( 個人を尊重しない罪 )


               





・ 前近代的な意味 … 「 和を乱したことに対する罰 」
               ( たとえば、人格攻撃とか村八分 )
    
・ 近代的な意味 … 「 個人を尊重しなかったことに対する罰 」






公共 」 ( 「 みんな 」のこと )

・ 前近代的な意味 … 「 Mura 」のこと。
               ( お餅化している「 みんな 」 )

・ 近代的な意味 … 「 public 」のこと。
                ( チャーハン化している「 みんな 」 )
 





公安
 =「公共の安全」=「みんなの安全」=「みんなを守ること」

・ 前近代的な意味 … 「 Mura 」の安全。
                ( 全体を守ること )

・ 近代的な意味 … 「 public 」の安全。
               ( 一人ひとりを守ること )






公共の福祉 」 ( 「 みんなの幸せ 」という意味 )

・ 前近代的な意味 … 「 Mura 」の幸せ。   = 「 和の精神 」
               ( 全体の幸せ )

・ 近代的な意味 … 「 public 」の幸せ。    = 「 個人の尊重 」
              ( 一人ひとりの幸せ )






相対化

・ 前近代的な意味
  … 似ているところに着目して対象と一体化したり、
    対象を足して二で割ったり、とか。 
    ( 一体化 & 曖昧化 )


・ 近代的な意味
  … 違うところに着目して対象を客体化したり、
    対象を区別したり、とか。 
    ( 対象化 & 明確化 ) 

         




モンスターペアレント

日本では、
学校に文句をつける親のことをモンスターペアレントと呼んでいる。

でも、
oyaji さんの ブログ によると…。

アメリカでは、
家庭で虐待を受けている子どもが
その親のことをモンスターペアレントと呼ぶらしい。






けじめ

けじめ 」という言葉も
いろいろな使い方がありそう。


英語で言うと こんな感じ


      "It’s time to stop looking backward." 







           

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:22 | お餅理論 (主体と客体の融合)  

PTAは日本文化の縮図っぽい。 (1)

PTAの くじ引き は人権侵害である。




根拠

   
(1) 日本のPTAは退会の自由が保障されていない。
   ( 事実上の強制加入。PTAが学校の保護者会を牛耳っているため )
 
(2) その上で、
   くじ引きで活動を強制したり、プライバシーの開示を強制している。
 
(3) また、
   その活動は非常に負担が大きく
   子育てにも支障をきたすほどである。
 
(4) なので
   PTAのくじ引きは憲法の精神(個人の尊重)に反していると思う。

(5) ただし、
   私人間の人権侵害なので
   憲法を適用するのではなくて、
   民法の「公序良俗」違反になるらしい。
                (憲法の間接適用)




まるおの雑記帳 」にも詳しく取り上げられている。
( 判例として「甲賀市自治会裁判 」の判決が使えそう )








解説


PTAのくじ引き


 本部役員、選出委員、各委員会の委員長といった、
 負担の大きい役職をくじ引きで決めること。

 未経験者の中から決めることが多く、
 事情のある人や転入してきた人が、くじに当たりやすい。
 
 どうしても引き受けられない場合は、
 その事情(プライバシー)を開示させられる。
 
 「大した理由じゃないから。」と却下されることもある。

 仮病を使っていないか確認するために
 医師の診断書を提出させるところもある。

 また…、
 病気を理由に断った人が喫茶店でお茶をしていると
 文句や陰口を、言われるらしい。


 「守秘義務を守っている。」って言う人もいるけど。

 そもそも、
 プライバシーの開示を強制すること自体が違法なんだよね…。

 (お医者さんだって、強制している訳ではない)


 それに、
 「どうして? あの人だけずるい!!」と言う人もいて、
 「みんなに説明して、納得してもらってください。」
 となることも多い。


 欠席の場合は
 先生や、保護者の代表がくじを引く。

 ゴタゴタを避けるために
 「あなたは1番のくじに当たりました。
 できない場合は、2-5番の人にお願いしてください。」
 と言って、全部任せることもある。


 委任状に署名捺印させることもある。
 ( あとから文句が出ないようにするため )



( 補足 )

・ 「 PTA問題の論点 」=「 PTA問題の本質 」

     = 「 いじめ的なもの 」

     = 「 活動強制 」&「 プライバシー開示強制 」

  ↓

・ 「 くじ引き 」 = 「 法令違反(人権侵害) 」
                ( 第三者でも立証できる )

・ 「 しつこい勧誘 」 = 「 グレーゾーン 」 
                  ( 立証が難しい )






 


日本のPTA


日本の学校では、
子どもが入学すると
保護者も自動的にPTAに加入する。

そして、
PTAは学校の保護者会を牛耳っている。

つまり、
日本のPTAは学校と一体化している。 (お餅システム)

なので、
退会することが困難である。
( 普通の母親は退会できない )




また、日本では、
全員が活発に活動しているPTAが評価される。

文科省も、そういうPTAを表彰している。   
             → 「 優良PTA表彰

          → 日本人の規範意識。
            ( みんなで一緒に、心を一つに )

なので、
活動をスリム化しにくい。




( 補足 )

最近は
任意加入が知られるようになってきている。

しかし、
システムが変わらなければ
任意加入は「形式だけ」(タテマエ)になる。


・ 「 タテマエとしての任意加入 」

  = 「 退会の自由が保障されない 」

  = 「 事実上の強制加入 」

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:09 | PTAは日本文化の縮図  

PTAは日本文化の縮図っぽい。 (2)



苦手なセリフ



・ 「 価値観の押しつけ 」っぽいセリフ


食わず嫌いなだけ。
 やってみれば、楽しさが分かるはず。


くじは参加のきっかけ作り。



楽しさが分かる人もいれば分からない人もいる。
また、分かりたくない人もいる。

それに、  
都合の悪いことは何も言わないで、
なんか、だましてるような感じ。





・ 「 子どもが人質 」っぽいセリフ


○○ちゃん、
 学校でいつも緊張していますよ…。


ところで、
 お子さんはお友達と仲良く遊んでいますか…。


子どもが仲間はずれにされたら、
 つまらないですよ…。



人格攻撃とか、遠まわしに脅すような感じ。






( 補足 )

・ 「 人権侵害 」という言葉について。


いじめ、 いやがらせ、 脅し、
しつこい勧誘、 プライバシー侵害、
差別、 村八分、 無視、 人格攻撃 … など。

近代法の観点から言うと、
こういうのは「 人権侵害 」( 法令違反 )になるらしい。



でも…、
前近代法(村の掟)では
刑罰 」なのかもしれない。 

「 進んで活動しないから、そういうことになるのよ。 」という感じ。



こういう刑罰によって
村の秩序を維持している…?

一種の恐怖政治?



と言うか…。


全体主義体制なのだから
自然なことなのかも。





( 追記 ) 

あと…。


「 おれも奴隷みたいなんだから、お前も奴隷みたいになれ。 」

とか、

「 あたしも洗脳されたんだから、あんたも洗脳されなさいよ。 」

とか、

「 奴隷みたいでも、我慢しているうちに楽しくなるから。 」

とか…?



割と無意識のところで
「 奴隷の連鎖 」、「 洗脳の連鎖 」、「 SMの連鎖 」
みたいな感じ…?




ちなみに…。


性風俗の分野でも
日本は「 SM大国 」らしい。


「 SM 」と「 全体主義 」って…。

なんか、
関係があるような気がする。

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:08 | PTAは日本文化の縮図  

PTAは日本文化の縮図っぽい。 (3)

PTAは強制加入のネズミ講



保護者をネズミ講に巻き込むのはやめてほしい。


被害者にも加害者にも、なりたくないから。


理不尽なPTA活動に対して寛容でいられる人は、
それだけ、うまみがあるのかもしれない。


・ 「 Mura社会 」 = 「 宗教 + ネズミ講 」
          = 「聖」と「俗」が混ざり合っている感じ?






ちなみに…。

「日本の年金制度」や「年功序列」もネズミ講らしい。




・ 「 日本の年金制度 」 = 「 ネズミ講 」

「『強制加入の年金制度』は、ねずみ講よりたちが悪い。」という 記事






・ 「 年功序列 」 = 「 ネズミ講 」

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』の「レビュー」より。


高度成長期からバブルの崩壊まで、
この……言ってみれば
江戸時代の丁稚制度の拡大型みたいなシステムが
うまく行っていたのは
実はシステムがよくできていたからではない。
成長が続き、景気が基本的に右肩あがりで来たからである。

著者はこのシステムの本質を「ねずみ講」だと喝破する。


「若いうちは我慢して働け、今によくなる」というのは
つまり
「そのうちお前がアガリをかすめることの出来る
若い奴(カモ)が入ってくる」という意味であり、
逆に言えば
「新たなカモが来なければ永遠に自分が一番下、
状況は絶対に改善しない」のである。


よくおっさんたちは
今の若い奴はがまんが足りない」と言うが、
「がまんしてればイイコトがある」というのが
まったくの空手形になってると分からないおっさんの方が
鈍いのだ……と、いうわけ。



。。。。。。。。。

                      
年功序列の話をPTAに当てはめてみると…。


・ 「 今の若い奴 」 … フツーの新人会員

・ 「 おっさん 」 … ベテラン会員、OG・OB、
           商売がらみ・宗教がらみの人など

・ 「 イイコト 」 … 友達ができる、 世間体が良くなる、
          感謝される、 評価される、 人脈ができる、
          子どもが優遇される、 威張れる、 お金になる、など。                       


PTAの場合、
くじ引きを始めた頃が
「 ネズミ講の破たん 」になるのではないだろうか。

と言うか…、
もしかしたら、
役員を見つけるための特別な委員会を作った頃かも。 (?)

・ 「ネズミ講の破たん 」 → 「 Muraの解散











日本人の自殺について



「自殺大国・日本の次なる10年に注目」という 記事 より。


日本人の自殺は98年に初めて3万人を超えた。
翌年にはひきこもりが100万人を超えたとみられる。


日本では青少年を「受験戦士」として育て、
完成した大人は「企業戦士」になる。


受験戦争でも企業戦争でも、
敗者は戦死するか戦傷して戦線離脱する。


それが日本の
自殺と、うつ・ひきこもり・ニートの増加ではないか?


この10年、日本は、
戦争をやっているのと同規模の人命を、
自殺によって失っている。



。。。。。。。。。。

      
「PTA戦士」や「町内会戦士」というのも、ありそう。

   ・ 戦士 サムライ 








「図録 自殺率の国際比較」という 記事 より。


日本は欧米先進国と比較すると
確かに世界1の自殺率となっている。


さらに範囲を広げた国際比較では、
図のように、日本は、
リトアニア、ベラルーシ、ロシア、ハンガリーなどに次ぐ
世界第9位の自殺率の高さとなっている。


このように
国内の混乱が続く体制移行国に次いで
高い自殺率ということから
日本の自殺率はやはり異常な値である
といわざるを得ない。 ……



日本の自殺率の高さについては、
WHO精神保健部ホセ・ベルトロテ博士はこう言っている。


  日本では、自殺が文化の一部になっているように見える。
  直接の原因は過労や失業、倒産、いじめなどだが、
  自殺によって自身の名誉を守る、責任を取る、といった
  倫理規範として自殺がとらえられている。
  これは他のアジア諸国やキューバでもみられる傾向だ。


こうした点は
当の国の人間では気づきにくい見方かと思われる。



。。。。。。。。。。



自殺に追い込まれる、という感じも…。  


・ 「 Muraのために進んで活動しようとしない人 」
  = 「 心を一つにできない人 」
  = 「 役立たずな人 」
  = 「 生きてる価値がない人 」
  = 「 人間以下の人 」
  = 「 (昔の場合)非国民 」


 

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:06 | PTAは日本文化の縮図  

PTAは日本文化の縮図っぽい。 (4)

革命は静かに進む。



ウィキペディア「 革命 」より。

革命(かくめい)とは、
主として民衆・被支配階級が主体となって
超法規的手段によって国家・政府(支配階級)を倒し、
国家体制を変更させることである。 ……



「 革命 」の語は近年はやや過激な印象を与えるため、
最近の事象では以前ならば革命と称しうるような出来事でも
「 民主化運動 」などという言い方がされることが多い。



。。。。。。。。。。



サイレントテロ 」という言葉がある。


これもポジティブに表現すると、
「 サイレントレボリューション 」とか
「 サイレント民主化運動 」とか。


現在の社会に対する、消極的抵抗。
あるいは、沈黙の異議申し立て。





「 サボる 」「 やる気がない 」「 非協力的 」「 逃げる 」っていうと
イメージが悪いけど。

サイレント民主化運動 」と思うと、
少しいい感じかもしれない。


自信を持ったほうがいい。

時代の流れだから。 うん。 






確かに…。

PTAを改革するために
積極的に活動する人たちもいる。


でも…。

「 心の問題 」は難しい。
( 宗教的で論理が通じない )

それに、
「 日本語の問題 」もある。



それから…。

PTA改革グループが
PTA組織と同じようなMuraになる
可能性もある。






しなくてもいいケンカや揉め事は
できるだけしないほうがいい。

子どもや家庭を
犠牲にしないほうがいい。















「 PTAのくじ引き問題 」の解決策



 (1) くじ引きをしているPTAは一度解散する。
      ( PTAのくじ引きは人権侵害なので )


 (2) 「ミニマム」と「オプショナル」に分ける。
                ( = 事業仕分け )


 (3) 「ミニマム」は学校が主催する。


 (4) PTAは有志の団体として再スタートする。
             ( 地域の人も参加できる )





そうすれば、
PTA活動に参加しない人でも
学校主催の保護者の集まりには出席しやすくなる。

それに
もしPTAがなくなったとしても
先生と保護者の連携は維持される。




・ 「 ミニマム 」 = 「 学校主催の保護者会 」
          = 「 全員が参加すべきもの 」 ( 権利&義務 )

・ 「 オプショナル 」 = 「 PTA主催のPTA活動 」 
            = 「 参加してもしなくてもいいもの 」 ( ボランティア )


・ 「 学校教育の主体 」(主催者)= 「 学校 」 

・ 「 学校教育の客体 」(カスタマー) = 「 子ども&保護者 」





じゃないと…。

犠牲者がもっと増えていく。

追い詰められて自殺する人とか。


それに、
「 八つ墓村 」みたいになることもある。











************************************************************




「和の精神」(お餅精神)は「思想信条の自由」を侵害している。



そもそも…。

文科省のやってる規範教育(お餅教育)だって、
近代法の観点から言えば、人権侵害になる。



絆、とか、ふれあい、とか、気づき、とか。
感動、とか、汗、とか、涙、とか。
仲間、とか、団結、とか、結束、とか。
やる気、とか、努力、とか、成長、とか。
思いやり、とか、やさしさ、とか、やわらかい心、とか。


言葉は美しいけど、結局のところ、
心を一つにすればすべてがうまくいく、みたいな感じ。


マインドコントロール と言うのか、
洗脳 と言うのか。



  ・ 「 文科省 の規範教育 」 ( Muraの尊重 )
           = 「 和の精神教育 」
           = 「 心を一つにする教育 」
           = 「 同調圧力で異論を封じる教育 」
           = 「 全体主義教育 」
           = 「 宗教(洗脳)教育 」
           = 「 思想信条の自由の侵害 」
           = 「 人権侵害(法令違反) 」





でも、もう少し言うと…。

「 日本語 」 = 「 宗教(洗脳)言語 」


日本語をしゃべればしゃべるほど、お餅化していく。


日本語が宗教の「経典」のような役割を果たしている?

「日本語話者」 ≒ 「お餅信者」





で…。

政治や経済の世界はこんな感じ?

 「 景気が良くなる。 」
   ↓
 「 みんなの心が一つになる。 」
   ↓
  「 すべてがうまくいく。 」






テレビや新聞も、
「 不都合な真実 」は報道しない。

ネットは、
「 やらせ 」や「 なりすまし 」がたくさんいる。


「 嘘も方便 」という感じかな。     





また…。

普通の人も
こんなセリフをよく言う。

「 考えるな。感じるんだ。 」

「 考えすぎは良くない。 」

「 考えても答えは出ない。 」





PTAだけじゃなくて
「 日本の文化 」そのものが
「 人権侵害 」なのかもしれない。

( 考えることを否定する文化? )











ウィキペディア「 日本国憲法 第19条 」より。


思想及び良心の自由は、表現の自由などの
各種精神的自由権の前提となる規定として把握される。


その内容が内心の自由であることから、
他者の人権との抵触による権利の制約や、
政策的目的による制約が
極めて限定的にのみ観念される権利であり、
最大限保障される権利 である。 ……


また、思想及び良心の自由は、
民主主義・民主制が機能するための
最低限の自由 としての側面も有する。 ……






ウィキペディア「 思想・良心の自由 」より。


人間の諸活動は人間の精神活動から生まれるものであるから、
人間の内心の自由のうち思想及び良心の自由がなければ、
表現の自由、その他の精神的自由、経済的自由も存立の基盤を失う。


人間の内心自由は人類の持つすべての自由の基礎 であり、
他の自由権より厳重に守られねばならないとされている。 ……





ウィキペディア「 自由権 」より。


自由権(じゆうけん)は、基本的人権の一つで、
国家から制約を受けるまたは強制されずに、
自由にものを考え、自由に行動できる権利のことをいう。


古くはイギリス権利章典・アメリカ独立宣言・
フランス人権宣言から謳われ、今日までの歴史を持つ。


内容は人間の自由のすべてに及ぶゆえ、
その一覧を作ることはまず不可能である。


自由権は、人権の中でも特に重要な人権といわれる。 ……




。。。。。。。。。



「 思想信条の自由(憲法第19条) 」

          = 「 最も重要な人権 」

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 22:05 | PTAは日本文化の縮図  

世界のお餅 (1)

「 知の欺瞞 」とアカデミズム


なんか、
日本の社会って フィクション ぽいけど…。


欧米のアカデミズムとかも、少し似てるのかな。


『 知の欺瞞 』という本がある。
            → 「 ソーカル事件


ポストモダン 」というのは
「 モダン(近代)の次 」という意味らしい。


でも、なんか…、
ポストモダン = 「 先祖返り 」路線という感じかな。  
                   ( 前近代志向 )



哲学や思想の分野では、
感覚的なものを論理的に説明しようとして
訳が分からなくなっている感じがする。

      





互酬経済とポトラッチ


前近代志向の強い人って、
近代文明を批判する人が多い。

特にアメリカ的な物質主義を
攻撃している感じかな…?


でもさぁ、
ポトラッチ 」って知ってる…?

前近代的な未開民族(互酬経済)も
物質的に豊かになると、
ポトラッチという 蕩尽 をするらしい。


前近代的な社会って
ノスタルジーで美化されやすいけど、
実際には、ひどいこともたくさんある。



アメリカの物質主義も
本当はそういう前近代性の表れなのかもしれない。



参考までに。
「 今日はみんなでポトラッチしよう 」という サイト



何のためにやるのか分からない政策。

大がかりなプロジェクトとか、
ばらまきとか。

こういう政策もポトラッチの一種かな。
 


もちろん、
程度の問題だけど…。






資本主義もネズミ講 ?


「 ワイルドインべスターズ ブログ 」という ブログ より。

貧しい国に資本主義が導入されると、
国民の生活水準が上がって寿命が延びる。

人口構成が逆T字からピラミッド、
逆U字、そして逆ピラミッドになる。

下の人間が少なくなると
「 年を取れば楽になる 」というネズミ講は
破綻する運命にある。



その解決策は、

1. 貧しい外国を自国の経済圏に組み込み、
   外国の貧乏人と若者を
   自国経済圏のピラミッド構造のいちばん「下」に敷くこと。

2. 革命か戦争で自国を含む各国の国家体制を破壊して、
   すべてを「ご破算」にすること。
    

それがだいたい70年ぐらいの周期で起こっている。                      
            


。。。。。。。。。。



アメリカの物質主義と同じで、
資本主義っていうのも
前近代的なシステムなのかな…。


帝国主義って全体主義の一種だし。   
( ちなみに、民族主義も全体主義の一種 )



「 お餅問題 」って、
日本だけの問題じゃないのかも。



西洋と他の国との対立、とか、
理系と文系の対立、とか。

政治的、文化的、宗教的な問題。

それから…、
経済的な問題でもある。




でも…。

国や世界が衰退するのも、困る。

地球環境の問題とかもあるし。





・ 「 ネズミ講的な社会 」 (←互酬経済や資本主義)    
    = 「 Mura社会 」
    = 「 前近代的な社会 」
    = 「 全体主義的な社会 」
    = 「 ピラミッド型社会 」
    = 「 お餅 」
    = 「 一体的(主客融合的)社会 」


・ 「 ネズミ講の破たん 」 (←世界恐慌)
    = 「 Mura社会の解散 」
    = 「 近代化 」
    = 「 民主化 」 ( 個人の尊重、法令遵守など )
    = 「 フラット化 」
    = 「 チャーハン化 」
    = 「 対象化(客体化) 」


 (追記)
    =「 ベーシックインカム革命 」




   
                                                              

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 21:15 | 世界のいろいろなお餅   

世界のお餅 (2)



アムネスティ


ところで…、
アムネスティ 」という団体がある。

慈善事業をしている団体みたいだけど、
なんか違和感が…。



2008年は「 世界人権宣言60周年 」だったらしい。


  だれひとり仲間はずれにせず、
  すべての人を
  かけがえのない値打ちをもった人間として
  受け入れる社会を作るという、
  この画期的な世界人権宣言の精神

 
たぶん、
アムネスティも「お餅とチャーハンの区別」がない。








ノーベル賞


そう言えば、ノーベル賞というのも
選出方法が不透明でかなり恣意的らしい。

なんとなく、
「村の寄り合い」みたいな雰囲気もある。



スウェーデンやノルウェーで決めているらしいけど…。

少し北欧らしくない感じがする。






( 追記 )

一部の勢力だけを批判するのではなくて。


自分自身の問題として考えることも、
必要じゃないかなぁ。








 
*****************************************************




世界人権宣言 

            
「 人権 」というと、
日本国憲法の他に、
世界人権宣言 」というのもある。




抜粋
 

第28条  この宣言がめざす社会

この宣言が、
口先だけで終わらないような世界を作ろうとする権利もまた、
わたしたちのものです。




第29条  権利と身勝手は違う

わたしたちはみな、すべての人の自由と権利を守り、
住み良い世の中を作る為の義務を負っています。
自分の自由と権利は、
ほかの人々の自由と権利を守る時にのみ、制限されます。




第30条  権利を奪う「権利」はない

この宣言でうたわれている自由と権利を、
ほかの人の自由と権利をこわすために使ってはなりません。
どんな国にも、集団にも、人にも、そのような権利はないのです。

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 21:12 | 世界のいろいろなお餅   

北欧の教育

北欧の教育を紹介した より。




個人を大切にする教育


「 個人を大切にする教育 」とは、もちろん
自己中心的な教育を意味しているわけではなく、
自分で考える能力を養う
「 自己形成の教育 」という意味である。


自分で考え、判断し、
豊富な選択肢のなかから自分に合うものを選びだして
行動に移す。


そして、その結果には自分自身が責任を持ち、
さまざまなトラブルに直面しながらも
自らの人生を楽しむというものである。      ( P.2 )








平等観


平等とは、
すべてのものを丸くすることでも四角にすることでもない。


それぞれの人がもつ個性や能力を尊重し、
それ相応の対応をすることが平等につながるのである。


四角も丸も、そして三角も、
それぞれの特性があるからこそハーモニーが生まれるのだ。


個々を認めてこそ
真の平等を生むことができ生きた教育になる、
ということを私はスウェーデンで学んだ。        ( P.6 )








学ぶ意欲と学力観


内実のある学力とは何かを、ふと考えさせられる。
誰しも、まず学ぼうという発想力が必要になる。
興味がわくものが対象でないかぎり、やる気も出てこない。


そのためにスウェーデンでは、
学科目を子どもの興味がわくように
五感を取り入れてあらゆる角度からとらえようとしている。


興味がわけば知りたい意欲もわいてくる。
そして、自分から進んで学ぼうとする学習意欲が養われる。


いったん意欲が芽生えれば、
徹底的にテーマ活動などを通して追究させる。


その後、友達同士での発表や報告で
達成感や喜びなどを感じるようにするとともに、
自分の学力を自己評価して自分の学びを振り返ってみる。


真の学習形態とは、こんなところにあるのではないだろうか。


     ( 中略 )


学校とはただ知識を与えるだけではなく、
自分で考え、選択し、自立していけるだけの基礎能力を
与える場であるのではないだろうか。          ( P.74-75 )







スウェーデンのPTA


職員室では、クラスを代表したPTA(「クラスママ」とも呼ぶ)が
コーヒーと手作りのチーズケーキを用意して待っていた。


このクラスママは学校側と保護者との連絡役なのだが、
学校側の運営に参加したい活動家の親を除けば、
ほとんどが保護者会のコーヒーやクッキーを準備するだけの役目である。


クラス替えのない小学校六年間の間に、有志がいない場合には
ほとんど強制的に回ってくる順番制となっており、
もちろん私もクラスママをした経験がある。


父親が代表の時は「クラスパパ」とも呼んでいる。  ( P.131-132 )



        ( 『 スウェーデンののびのび教育 』 河本佳子 / 新評論 )







( 補足 )

北欧の国々では
どの国も同じような教育をしているらしい。

ただし、フィンランドは移民が少ない。



参考までに…。  
・ 「 フィンランド・ショック 」 (



・ 「 スカンジナビア 視察情報ガイド

            ・ 目次は こちら
            
             ( 全79ページ。写真も多数あり。 )

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 21:08 | 北欧の教育 と 老子の言葉  

「 老子 」の言葉



「 天網 恢々 疎にして 漏らさず 」  ( 第73章 )   
   
てんもう かいかい そにして もらさず       
Heaven's net has large meshes, but nothing escapes.



いろんな解釈があるみたいだけど…、
「 天網 」をインターネットに例えている サイト があった。



。。。。。。。。。。


「 天網 」とは、
天が世の理非を正すために張った網のこと。
「 恢恢 」とは、広く、ゆったりとしているさま。


「 天網恢恢疎而不漏 」(老子)とは、
天網の目は粗いが決して悪人を逃しはしない、
という意味である。


インターネットは人の手になる網であるが、
使われ方によっては、
天網に近い威力を発揮することもあろう。  ……




『 天網恢恢 』とインターネットとの関係については
興味深いものがある。

それは、インターネットでは、
情報がどうやっても外部に流れることである。




全ての情報を国などの権力機構が、
インターネットの全情報を調査し、
危険な情報をチェックしようという動きが世界各国である。


政府や警察などは、
エッチな絵や、暴力などに関する取締りをやりたがっているが、
インターネットはたったそれだけのものではない。


もっともっと重要なことは、
国、企業、官庁など今までの組織の壁を越えて、
勝手に自由に情報が交換されてしまうことである。 ……



インターネットが「 天網 」の役割を果たし、
世の阿呆な矛盾や真実を伝える手段になれば、(中略)
無責任な行政機構の改革に対する、
日本で始めての力になるかも知れない、
という意味が込められているのである。  ……

                                   
「『 天網恢恢 』題名の由来」より。



。。。。。。。。。。



天網

  ・ 前近代的な意味 … 「 公安組織の、情報網&包囲網 」

  ・ 近代的な意味 … 「 インターネット 」 

 

                




        





「 上善 如水 」  ( 第8章 ) 
  
じょうぜん みずのごとし
The best goodness is something like water.



老子と言うと…、
上善如水 」という言葉がわりと好き。


でも「 善 」って何かな?

価値観によって違ってくる。





ところで…。

「 上善如水 」は
同じ名前のお酒のほうが有名らしい。


お酒のパッケージに
ミズノ ヨウニ イキルノサ 」と書いてあった。
( 言葉の説明もあった )




ミズ

水は柔らかく、しなやかで自由です。
また水は全てのものに利益を与え
一切争わない謙虚さがあります。
「 ミズ 」は「 自由と謙虚さ 」のシンボルです。



イキルノサ

何物にもとらわれない、自由闊達で、
創造的な精神を大事にしたいと思います。
「 イキルノサ 」はそのような古い価値から離れた
「 軽快な姿勢 」を指します。





「 老子の精神 」をよく表しているような…。


「 老子 」って枯れたイメージがあるけど、
こういう解釈もあるんだよね…。



あとさ…、
老子と北欧って、
なんとなく、似ているような気がする。


あくまでも、
イメージとしての話だけど。






                  ではでは。 (*^^*)ノシ                    
                  

                  ( 追記 )
                   グーグル とかも似てる。
         


    


                    
                     

# by tanuko-satoyama | 2009-07-27 21:07 | 北欧の教育 と 老子の言葉  

おまけ & つぶやき  

* おまけ *  ( 以前のコメント欄より )



Commented by まるお at 2009-03-21 13:23 x

用語解説、参考になりました。
「思想・信条(良心)の自由」。
これは、確かに、
PTA問題や日本社会(世間)の問題を考えていく上での
重要な切り口だね。
保障されていなくてはならないはずの「自由」が
「拘束」されてしまっている…。

人権擁護局のHPに「資料集」というコーナーがあるんだけど、
そこに 「世界人権宣言」(仮訳) があった。
その第一条に「良心」が出ていたよ。

***
第一条
すべての人間は、生れながらにして自由であり、
かつ、尊厳と権利とについて平等である。
人間は、理性と良心とを授けられており、
互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
***

「人間は理性と良心を授けられている」。
せっかく授けられた「良心」を縛り付けるなんて、
もったいないよね。

ついでに、第十二条にもええこと書いてあったので、
引用しておくね。

***
第十二条
何人も、自己の私事、家族、家庭若しくは通信に対して、
ほしいままに干渉され、
又は名誉及び信用に対して攻撃を受けることはない。
人はすべて、このような干渉又は攻撃に対して
法の保護を受ける権利を有する。
***





Commented by tanuko-satoyama at 2009-03-21 16:37 x

う~ん…。
「思想・信条(良心)の自由」っていうのも、
前近代的な意味に解釈すると
「お餅化する自由」=「拘束し合う自由」
って意味だったりして…。

だって、2ちゃんにも
「人権=お餅化する権利」と思ってる人がいたよ。






Commented by まるお at 2009-03-21 18:36 x

「良心」の内容が人によって違ってくるのは分かる。
でも、「良心の自由」と言うからには、「自由」なのであって、
「他の人と一緒になる」のも、「独自の道を歩む」のも、
どっちもOKと言うのが、「自由」なんじゃないのかな。
だから、・・・
拘束し合うのも自由だけど、
拘束から自由になるのも自由でしょ。

お餅化する選択肢しか与えられていないなら、
それは、どう考えたって、「自由」とは言えないと思う。
う~ん…。






Commented by tanuko-satoyama at 2009-03-21 18:36 x

世界人権宣言、第20条もいい感じ。

第20条 集まる自由、集まらない自由
人には、平和のうちに集会を開いたり、
仲間を集めて団体を作ったりする自由があります。
しかし、いやがっている人を、
むりやりそこに入れることはだれにもできません。

谷川俊太郎による訳






Commented by まるお at 2009-03-21 22:56 x

世界人権宣言、第29条もいいよ。

第29条 権利と身勝手は違う
わたしたちはみな、すべての人の自由と権利を守り、
住み良い世の中を作る為の義務を負っています。
自分の自由と権利は、
ほかの人々の自由と権利を守る時にのみ、制限されます。
(谷川訳)

「自分の自由と権利は、
ほかの人々の自由と権利を守る時にのみ、制限されます。」
がポイントだよね。
つまり、「公共の福祉」なるものを振り回して、
個人の自由を制限するのは、許されないということだよ。
役職の無理強いをしているPTA執行部の人たちは、
よ~く考えてね!













* つぶやき *  



「 お餅理論 」って、なんか…、
他の人の「 受け売り 」のような気がする。




読んでない本も多いし、
「お餅」に対する立場の違う人も結構いるけど。


古い時代では
哲学者の「 西田幾多郎 」とか
国語学者の「 松下大三郎 」とか。


あと…、

「 森有正 」とか「 伊丹十三 」とか。


「 土居武郎 」とか「 木村敏 」とか
「 中根千枝 」とか「 丸山真男 」とか
「 山本七平 」とか「 川島武宜 」とか。


「 藤原正彦 」とか「 茂木健一郎 」とか。



「 阿部謹也 」とか「 佐藤直樹 」とか。

「 世間学 」はやっぱり一番分かりやすかった。




それから…。

もともと、もれは
「 中島義道 」のファンだった。

『 孤独について 』とか『 人生を半分降りる 』とか、
『 対話のない社会 』とか。



そう言えば…。

中島さんは、最初から
「 和の精神 」と「 長幼の序 」を問題にしていたなぁ。






名前は知らないけど…。

他にも、たぶんたくさんいる。



そもそも…。

「 お餅 」と「 チャーハン 」の比喩だって
人から聞いた話だったりする。







    

      ( 追記 )


       三大怖いもの ( もれバージョン )

       ・ 地震 

       ・ 原発

       ・ 村社会




        PTAや村社会について
        発言するようになってから、
        「 ビミョーに不思議なこと 」が
        いろいろ、いろいろ、起こる。
     
        「 程度 」はビミョーなんだけど、
        「 頻度 」がハンパない。



        不気味なのはもちろんだけど…、
        もれはケチだから…。

        「 あんたら、遊んでんのか?
         国民の税金をそんなことに使うなよ。(怒) 」
        
        …と思ったりもする。


                     (´・ω・`)



         ※ 続きはツイッターで…。

# by tanuko-satoyama | 2009-03-21 12:55